いま この眼に映っている
都会の風景は 本当に存在しているのだろうか
天をつく高層ビルディングも
夥(おびただ)しい自動車の洪水も
うら悲しい酒場も
真っ白な高速道路も
みんな まぼろしのようだ
触れると 冷たい氷
それが存在の証明だとしても
この感触そのものが
まぼろしかもしれないのに
どうして
この風景が存在しているといえるのだろうか
あまりにも
かりそめのときが永すぎて
わたしの実在は ゆがんだ傾斜のなかに
ずっと 息をひそめて生きてきた
さむい夕闇のなかに
都会の靴音が 青白く遠ざかってゆき
わたしの曖昧な存在は
むらさきの母乳の匂いにつつまれてゆく
奈津光平の詩「かりそめのとき」より

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