寒椿

 


















                          

路地裏


 


昔のときの呼吸する 

ひっそりとした 白い路地裏  

 

ところどころに 

荒壁の剥げ落ちた廃屋が 淋しそうにたたずみ 

苔むした溝に 痩せた水が 流れている

 

狭いでこぼこの 曲がりくねった裏道に 

かしましい蝉の鳴き声が 赤い空気を震わせ

 

ときおり 潮の香りに交じって 

幽(かす)かに 魚の生臭い匂いが漂ってくる

 

遠く澄みわたった青空に 

ゆったりと 雲影がながれてゆき

 

人影が全く途絶えた 路地裏に 

静かに夕暮れが 忍び寄る

 

やがて しんしんと 夜気の漂う草むらの影に 

蛍の光が うす淡く明滅し 

 

幼いときが 夢のなかに 消えてゆく 

 

 

 

奈津光平の詩「路地裏」より

 







 

 

                            

早苗田


 













                            

5月の陽光


 









                         

長夜


 


黄色く熟れはじめた空気の中に

しずかにただよう 甘い金木犀の匂い

 

白い野道には

うす桃色の芙蓉の花が 淡くひかり

秋風にゆれる 可憐なコスモス

 

早い日暮れのなかに 

夕餉の気配が沁みわたり

 

短い落陽が 

民家の瓦のむこうに沈んでゆく

 

寄る辺のない旅人の 

長い夜はとてもさみしい

 

背後に生霊の憑依する 古い夢

 

そっと 振り向いても

傾いた窓の影が しらしら揺れているだけ

 

  

奈津光平の詩「長夜」より







 

                           

孤独の酒


 










                          

旅愁
















 

                           

さようなら


 


暖かい春の光が さんさんと降りそそぎ

赤いリボンの マーガレットの花束を抱いて 

お別れのときが やってくる

 

赤いほおずきを 鳴らせて遊んだ 

あの遠いときよ さようなら 

いつの日か またあえるでしょう

 

冬の太陽の日向ぼっこは おさない夢のなか

皓々と映えわたる夕焼けに もう一度 

会うこともありましょう

 

黄色く可憐に咲く野菊と

やさしい紫の竜胆は 遠いあこがれ 

あまい香りをただよわせ いつまでも 

哀しいほどに 胸をしめつける

 

生きてゆくことは さようならの繰り返し 

さようなら いつかまたどこかでお会いできるでしょう 

それまで さようなら

 

 

                               奈津光平の詩「さようなら」より





 



 

                           

春のざわめき