過失


 

ビルの片隅の あたたかい陽だまり

黄金色にまぶしい 銀杏並木

煉瓦の歩道を 痩せた人影が通り過ぎ

風景の色彩は だんだんと灰色に変わってゆく

 

短い冬時刻のなかに

うすら寒い街路燈の 青白い灯がともり

凍える夕陽が うす雲を紅色に染めながら 

高層ビルディングの林のなかに沈んでゆく

 

白い夕闇が あたりに立ちこめ

酒場の歓声の騒がしい 夜が始まる

こんなふうに 生きていることは楽しい

束の間の楽しみを探し求めているのが 人生なのかもしれない

 

わたしの人生は過失だったと ある詩人は言った

いつとは定まらない 終焉の時になれば

わたしの生きてきた意味が 分かるかもしれない

けれども 

その意味が分かったとしても そんなことはどうでもいいことだ

そのときはもう わたしは消滅しているのだから

 

   奈津光平の詩「過失」より

 

 

 

 

予感


 

碧天の大空に 太陽がまぶしく輝き          

さんさんと陽光の降り落ちる 白い野道を  

青い帽子のさみしい老人が 黙々と歩いている

 

小川の清流に吹きわたる 涼しい風音にまぎれて 

誰かの呼びかける気配に おもわず 老人は振り返ると

玉蜀黍のかすかに焼ける ふるさとの匂いが漂ってきた

 

老人は 刮目(かつもく)して 遠くをじっと見つめると

うす茶色の山並みは 眼にもいたい新緑に 生まれ変わり

あの妖艶な桜に うすみどりの若葉が ぎっしりと繁っている

 

老人は 蜩の鳴き声のように うすうす予感していた  

ときのながれに翻弄され 魂魄の火焔が 消えかかっていることを

 

皺のふえた拳を握りしめ とぼとぼと 

若草の小道を 遠ざかってゆく 老人の孤影は 

蜘蛛の巣にからまる羽虫のように 無言の涙にぬれていた

 

 

奈津光平の詩「予感」より

 

嗄声


 

大空が とてつもなく碧い

潤いしたたる 太陽光線

くっきりと歩道におちる 光と影

 

秋楡並木の なだらかな坂道の

いくあてのない 寂しさ

背中をまるめ 俯きながら歩いてゆく

 

絆の味は おいしいのだろうか

そんな 虚妄に束縛されるなんてくだらない 

舌鼓したいのは 無垢の味

 

ひとりぽっちの 気楽な自由

無言の沈黙のなかで 嗄声(させい)になっても

そんなことに どこが淋しいのだろう

 

死人には 死に方はわからない

老後も独り 墓場まで独り 

なんと 素敵なことよ

   

     奈津光平の詩「嗄声」より

 

別離


 

暖かい陽光につつまれて 

レンギョウの花が 真っ黄色に咲き乱れ

楽しい春が あたりいちめんに みち溢れている

 

こんな ほかほか陽気の中にいても 

どうしてなのだろう

この広い宇宙に ただ独り取り残されたような

言いようのない 寂寥感に襲われる

 

生まれる前の わたしの生存していなっかったときは

得体が知れず とても恐ろしい

そこには 赤ん坊のお母さんが お乳を飲み

その赤ん坊を産んだ ぴちぴち肌のお婆さんが笑っている

 

生命を得たことは とおい夢の始まりであっても

まぶしくかがやく 透明な春の光に照らされて

わたしというときのなかに わたしという存在が 

今こうして 生きていることは はっきりと確信できる

 

いつの日にか その巡りくる順番がきたならば

寸断もせずに 無限の未来に流れてゆく 永劫の宇宙の中に 

そおっと ありがとうの言葉を残して 

警笛のけたたましく鳴り響く 銀河鉄道の旅に出よう

    

                         奈津光平の詩「別離」より

石ころ


 

碧天高く 泳いでいる うろこ雲

やさしい陽光が うす桃色のコスモスに

さわさわと 降りそそいでいる

 

秋風が ひんやりと 稲穂を吹きぬけ 

あんなにも かしましかった蝉は 

もうどこにもいない

 

ああ 無常のときのなかに

楽しい夏の夢は 無残にも .死滅してしまった

 

残されているのは

蟋蟀が切なく 鳴いている 露草の蔭淵に

夢の亡骸を 手厚く葬り

巡りくる至福のときに もう一度出会えるまで

石ころだらけの道を とぼとぼと歩いてゆくより 仕方がない

 

       奈津光平の詩「石ころ」より

春爛漫


 

うすい雲が 青い空にゆっくりと棚引き 

みるみるうちに 陽光はいっそう明るくなり 

赤松の葉は すがすがしく 冬を乗り越えた 

 

遠くの山並みは 柔らかく おぼろげに霞み 

野道に むらさきの菫が 可憐な花を咲かせ 

木槿(むくげ)の蕾が ひそやかに芽吹き始めている

 

ときおり 冬の名残の冷たい風が吹くけれど 

寒さの緩んだ小川に 春の光りがきらきらと流れ

濃厚な爛漫の気配を孕んで 桜の樹影が鮮やかにのびている

 

寡黙な冬を耐え忍び ずっと待ちわびていた 愛しき春よ

この暖かい陽光につつまれて ふわふわと生きている

この生きていることの 何と 心地よい眩(まぶ)しさよ

 

奈津光平の詩「春爛漫」より