白百合の匂いの漂う 納屋の片隅に
錆びたリヤカーが ひっそりと置かれている
遠い昔に 町まで花を積んで 行商したリヤカーだ
このリヤカーを押して 花の香りを届けた人はもういない
寒々とひろがる 大空は どこまでも 突き抜けて青く
険しい山並みから 吹きとどろく 烈風を切り裂いて
さみしい銀色の列車が 氷柱のように 走り去ってゆく
無機質に風化するときの中で もう あの日には 戻れないけれど
寒い夜明けの太陽の づんづん太くなる光線は うす暗い灰色の冬を
ひときわ明るい春色に 変容させている
もう少しすると
あの日と同じように まぶしくきらめく 春の光が満ち溢れ
白百合の匂いに噎びながら ほほ笑んでいた あの人の姿は
まぼろしの桜吹雪の中に 鮮やかに 浮かびあがり
この骸(むくろ)のような 現身(うつしみ)のときを
生命に輝く 楽しい夢に 誘ってくれるにちがいない
奈津光平の詩「現身」より
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